都一中音楽文化研究所

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「心を豊かに」経営に活きる一中節の響き


株式会社ドトールコーヒー 代表取締役社長
星野正則さん


星野正則さん、一中節のお名前は、都星中さんとは、いつも稽古の時にお話をしてしまってですね、僕も楽しくお話して星野さんも色々語ってくださって、全然お稽古しないまんま時間が来て、次のお弟子さんが来て、今日はこれで失礼みたいなことが度々あるくらい、お話が楽しく盛り上がるので、その楽しさを皆さんにお伝えしたいなと思っております。(都一中)


一中 お稽古をなさって、よくおっしゃっていただくのが、お稽古していることが、とてもその中からビジネスのヒントがあるっていう風におっしゃっていただくので、僕には、どういうことのヒントなのかわかりませんし、こういうヒントがあってこうしましたっていうのは、ちょっと企業秘密に関わることかもしれませんから、お差し支えのない程度で。どんな感じなんでしょうか。
星野 ビジネスのヒントになる、と一言で表現してしまいますと、例えば商品はこう売ればいいんだなとか、こんな商品開発したらいいのかとか、そういったテクニカルな事ではなく、会社を経営する立場としてのあるべき姿や、社会における社員と会社の関係性、お客様との関係性というところに関して、きわめて基本的ではあるけれど何かの拍子で横に置いてしまいがちな点を、改めて気付き考えさせられるということが、お稽古の中で多く感じています。
一中 それは、浄瑠璃の中の言葉?
星野 それもありますし、一中先生のお話の中で、先生の価値観や浄瑠璃の解釈、また「一中節は世の中を良くすると本気で思っている。」、というお話から始まって、人ってこうじゃないかといった人間の本質を俯瞰的に見ておられるところから学ばせていただいている点が大きいですね。
一中 僕が人ってこうじゃないかなんていうのはおこがましいですけど、一中節の浄瑠璃の響きの中で自然に思い浮かぶことをお伝えしています。一中節を習われる目的は、みなさん様々ですが、星野さんは特に、一中節には経営のヒントが満載だとおっしゃいますね。やっぱり経営のことを日頃から一生懸命考えてらっしゃるから、そういうところが響くんでしょうか。
星野 格好よく綺麗に表現すればそうなのでしょうけれども、実は切羽詰まっているのかもしれません(笑)。おそらく多くの企業の経営トップの方々というのは、当然のように大きな責務を背負っていて、ただ利益さえ出せばいいというわけではなく、社員を幸せにしなければいけない、お客様や取引先に喜んでいただかないただかなければいけない、社会に貢献しなければいけないということが求められると思うのですが、これがどのレベルでできているのかというのは、点数に表すことは難しいと思いますけれども、例えば、社長が自分さえ富を得ればいい、その後に残ったものだけを社員に分け与えればいいと、もしも考えたとしたならば、その企業というものは、いつの日か必ずダメになっていくでしょうし、世の中からスポイルされていくだろうなと私は思います。
星野 私は会社というものは社員がいなかったら、ただの箱だと思っています。そういった点からみると、日頃から考えているというのは、どうしたら社員に自分の仕事や会社に誇りを持ってもらい、心身ともに元気に頑張ってもらえるだろうかということなのかもしれません。
一中 なるほど。
星野 そのことが経営の大事なところの一つだと思っています。お稽古をつけていただく中で、例えば「皇帝とはかくあるべき」といった浄瑠璃の解釈や、「逆臣とは何をもって逆賊となるのか」であるとか。
一中 いわゆる、皇帝、エンペラー。
星野 はい。皇帝たるもの、民のことを常に考えていることが非常に大事なことで、自分のことを考えた瞬間にそれは逆臣になるというお話。
一中 そうですね、一中節の泰平船盡という浄瑠璃の中にね、そういう文言が出てきます。本当に皇帝と言われるのはどういうことなのかとか、じゃ何が逆臣なのか、皇帝にただ逆らうから逆臣なのかっていうんじゃ、どうもその曲の感じから言って、ないような気がして。皇帝とは、やっぱり民を栄えさせ、民のために政治を行うっていう、仁徳天皇のような方こそが皇帝なのです。昔のように天皇が主の国であると大臣っていうのは天皇の臣下ですから、国民にとってははるか上の存在なんですけど、今のように民主主義の時代は、国民が主(あるじ)であるから、大臣は全部国民の臣下ですね。だから大臣には、国民の臣下としての自覚を持ってしっかり務めを果たしてもらわなければなりません。国民はこれをいつでもこれを見守って、正しい仕事をするように導く義務があるわけです。今の大臣がどうもいけないとかっていう意見を聞いたりすると、それは主君である国民1人1人の責任じゃないかなと、この浄瑠璃からそういう風に思いますね。
星野 そうですね。現実社会というのは、それだけではない作用や柵がたくさんあるわけですから、そう簡単にまとまるものではないということはわかりつつも、でも、やはり、本来あるべき姿ということは、見えているのと見えていないので全く違うと思いますので、先生のそういうお話の中で、いや、言われてみれば確かにそうだなと。となると今の世の中、意外と逆臣が多い(笑)。
一中 ほんとに自分の私利私欲を少しでも考えたら逆臣です。そんなことは一瞬でも思ってはいけないんです。やっぱり全ての国民の幸せだけを思い、それを自分の幸せと考えられる人がよい臣下です。その結果として当然自分も富み栄えます。自分が富み栄えるために国民を犠牲にするっていうのは、まさに逆臣以外の何者でもない。国民を幸せにすることを一番に思うことが、臣下自身が幸せに富み栄えるための一番簡単で確実な方法で普遍的な真実です。
星野 そうですね。
一中 だから、臣下だっていう意識をもっと持つべきだと、すごく思うんです。
星野 ええ、これはもう先生が臣下(皇帝)になっていただくしかない(笑)。
一中 そうですね(笑)
一中 だから、やっぱり、そういう点で、今おっしゃった社員の幸せのためにっていうことを考えないで、私利私欲に走る社長はもうそれだけで業務上背任じゃないですか。言葉の正しい意味はわかりませんけど。
星野 今でも「俺がお前らを食わしてやっているんだ!」「だから文句を言わず言われたとおりに働け!」という感覚、これ、場合によっては家庭でもあったりしますけどね。うちの父親が昔よく言っていました。「誰がお前らを食わしていると思っているのか!」って(笑)
一中 昔は、まあ、そういう、そうですよ、それはまあ。
星野 確かに結果として利益を出し、その中で役割や成果に応じて給与・賞与として適正に配分する、これは企業トップの大事な役割の一つかもしれませんが、俺がお前らを食わせてやっているといった気持ちは、絶対に持ってはいけないことですよね。
星野 だから、それも含めると、やはり、先ほどお話した、会社は社員あってこそのもので、その社員が成長する、心を豊かな状態で業務に励んでくれている状態を作り上げるということはすごく大事だなっていうのは、かねてから思ってはいたのですけれども簡単ではない。
一中 はいはいはい。
星野 例えば福利厚生を手厚くするとか、単純に所得を上げるとか…。それはそれで喜ぶと思います。喜んではくれると思うのですけれども、それは一過性のものでしかありません。「○○君、来月から給料1万円上げるよ」と言われたらきっと嬉しいんですよ。「ありがとうございます!がんばります!」その時はそうなるのですが、おそらく3か月もするとそれが当たり前になってしまい、モチベートを保つためには3ヶ月ごとに1万円ずつ上げ続けないとならない。そうなると会社はおかしな事になってしまいます。所得を上げることも必要ですが、大事なのは正しい評価であって、社員一人一人の成果を上長が正しく評価し、フィードバックして社員の成長に繋げるということが重要で、ただ単に所得が増えたからといって、社員が幸せになるのかっていうのは別だと思います。
自分の存在価値とか、存在意義とかっていうことが感じられるようになり、社員一人一人が仕事に対する達成感ややりがいといった、これは手で直接触ることはできませんが、会社は社員自らが、楽しい、嬉しい、心が豊かになるような場面や機会を与えるべきだと思います。
一中 やはり、浄瑠璃のより良い、テクニックもそうなんですけど、それが思いから出てくるものじゃなければ伝わらないし、逆に思いがあると、自然にそのテクニックを考えなくても節ができてしまう。節を単なるメロディーみたいに覚えようとするととても覚えられません。だけど、どういう気持ちを表してるかとか、どういう背景、風景とかを表しているかっていうことを 明確に心の中に思い浮かべられると、自然に節ができてしまうんです。長年色々皆さんにお稽古させていただいててそう思います。それでつい僕もとてもとても説明が多くなってしまって、ちょっと皆さんにそれは説明多すぎるって言われて。
星野 生意気かもしれませんが、先生の説明はお稽古をする上でとても大事で、そういうことが分からずして浄瑠璃を語ったところで、なんか上っ面だけのペラペラっていうものになってしまう気がします。
一中 そうですね、面白くない。特に現代は、身近にこの浄瑠璃の節とか、そういうものがないですから。もうひと昔前、僕が20代、30代の頃っていうのはもうひと昔どころじゃないですが。その頃のご趣味でやってらっしゃる社長さんたちは節を語れるだけで気持ち良かったんですね。この音楽自体にそういう気持ちが起きる要素がすごくあったんですね。そういう風に考えると、気持ち良くてたまらないもので、ずっと曲ができてるわけです。
一中 だから、よく皆さんおっしゃってたのは、舞台でいわゆる稽古本をめくりますが、残った枚数が少なくなってくると、だんだん悲しくなってくると。もうこれだけで終わっちゃうのか、もっとずっとやってたいって思ったそうです。それですごく長く、やりました。皆さん、30分、40分やっちゃうんですよ。そうすると、聞いてる方はかなり辛かったようです。本人は気持ちいいんだけど。現代では、浄瑠璃の本の中にある、物語とか、心情とか、その背景を楽しまれる方が多くなりました。浄瑠璃の中には、古事記、万葉集、古今集などの和歌、源氏物語、平家物語などが、溶け込んでいます。
一中 それで、そういうものから日本人としての心に伝えられてきた、よく生きるための知恵が確かに満載です。恋愛問題でもそうです。例えば大好きな人に裏切られちゃうとか、浮気されちゃうとか、はじめから嫌われちゃうとか、そういうことがもう枚挙に暇がないほど皆さん体験してるのがもう和歌の世界でもいっぱいある。
一中 色々、自分がそういう目にあっても、まあ人もそうだったっていうことがわかるかるんです。だからストーカーとかにはなりにくい。自分だけが嫌われちゃったんだと思うと、もう悲しすぎるかもしれないけど、みんなそういう思いしてるんだと思うと、あきらめることもできる。そういうことが和歌から感じられるわけじゃないですか。それだけじゃないですよ、ほんとに自然に対しての美しさとか。
一中 そういうものは全部溶け込んでるんで、今の自分の体験と重ね合わせて、この中で疑似体験ができるっていうことが1つの面白さだと思います。
星野 確かにそうですね。私はまだ、お稽古をつけていただいて時間もたっておらず、まだ4曲しか直接触れてはいませんが、一中節ってイソップ物語的な要素があったり、アンデルセン物語みたいな要素もあるな、などと自分勝手に思ったりもします。
一中 ああ、確かにそうですね。一中節が身近にあった昔の方はそういう風に思わなかったかもしれない。今の方がもっと深く浄瑠璃を楽しめるんじゃないかな。
一中 節だけの気持ち良さは昔の方の方があったかもしれないけど、内容から歴史、思想などを感じ取る楽しさは、今の方があるかもしれないと思いますね。
星野 そうですね、確かにそうかもしれませんね。


ドトールコーヒーの社友会

一中 ついこの間、星野さんが感じてらっしゃるお稽古することの意義と楽しさを、社員の皆さんとも共有する講座をやらしていただきました。ドトールコーヒーさんの社友会という社員の方の集まりでしたが、これが僕はとっても楽しかったんです。
星野 本当にご無理をお願いして申し訳ありませんでした。
一中 いえいえ、皆さんの反応が素晴らしく良くて驚きました。ほんとに僕が何もお話しする必要がないくらい、皆さんの心がすでに豊かだと感じました。御社の気風というか社風の素晴らしさに感動しました。社長の星野さんの指導力というか、理念というか、それが皆さんに浸透していて、和気藹々の素晴らしい雰囲気でした。
一中 外国の方もね、中国の方と、韓国の方といらっしゃって、ごく自然に溶け込んで、夢を語ってらして、すごく、気持ちのいい思いをさせていただきました。こういう機会は、僕にとってはとても嬉しい機会でした。
星野 当社の社友会というのは原則社員全員が入会するのですが、社員全員の力でより良い会社にしようという趣旨で、各部署から社友会委員が選出されて、定期的に会合を開き組織の課題や改善点などを議論してもらっています。また新入社員や他部署との親睦を深めるためのイベントなども企画します。
ある程度の企業規模になると労働組合という組織が生まれることがあります。労働組合を否定するつもりは毛頭ありませんが、どうしても使用者と労働者といった立場に分かれてしまう。それが当社にはそぐわないという思いから「社友会」という名で社員全員に参加してもらっています。


無理やりではなく心に従うから心が豊かになる
星野 社友会も28年目を迎えましたが、当初の親睦だけの活動から、ここ数年は毎年毎年その年のテーマを決めて活動報告をしてくれます。今期については、みんなで話し合った結果「心を豊かに」をキーワードとしたそうです。
星野 これはすごく嬉しかったですね。「ドトールグループの社員であることを、誇りに思ってもらえる会社にする」を、社長メッセージとして発信していますが、そうなるためにもやはり心の豊かさというのはすごく大事。
星野 心を豊かにする方法というのは様々あるとは思うのですけれども、私が一中節をお稽古させていただいて、一中節に触れることによって、心が豊かになっている。私でもそう感じるのだから、皆も感じるのではと思い、不躾とは思いましたが「社友会委員の前で演奏とお話をしていただけませんか」というのが始まりでした。
星野 当日は40人程度の参加でしたけど、参加者全員が喜んでくれ、「ありがとうございます」「嬉しかったです」「よかったです」とそれぞれが口にしてくれ私も嬉しかったのですが、内心では忖度もあるかな?なんて…。今回で終わってしまうのはもったいない気もしましたが、私から次はどうするのと追いかけるのも社友会の趣旨から離れてしまいますから。
一中 自主性に、任せるっていうことが、やっぱり、大事ですよね。
星野 ええ、何事もそうだと思いますけど。
一中 中からね、社員の方たちの中から、こう湧き上がってくる要求というか、欲求というか。
星野 そうですね自主的主体的大事ですね。そういえば昔、父に言われましたけど、「お前、成績も悪いし、そもそも勉強好きじゃないんだから、無理やり大学に行くことないぞ。」大学は学問を学ぶ所、勉強が嫌いなんだから行く必要無しといったところです(笑)
一中 素晴らしいですね、お父さん。
星野 素晴らしいのかな。それは言われて僕は逆にカチンときましたが。
星野 その時に言っていたのが、「馬飼いが馬を連れていって、道中馬に水を飲ませなきゃいけないと、水を飲ませようとしても、水を飲みたくない馬は絶対飲まない。どんなに手綱を引っ張っても、飲みはしない。でも、馬が飲みたいとなれば、馬飼いが飲ませなくたって、自分で飲みに行くものだ。」だから、自分がやりたい、自分がそのことに興味があるということじゃない限りは、やったところで、所詮ものにはならない。
一中 すばらしい、その教育は。一中節、浄瑠璃っていうのは、ちょっと触れても皆さん幸せになるんだから「やりなさい」って言えば、やりますよ。
星野 それは社長の業務命令ですね。やるとは思いますけれども、全く意味がないでしょうね。
一中 たしかに。その通りですね。
星野 先日のイベントも社友会で決めたことではありますけれども、「ま、社長もそう言っていることだし、だまされたと思って1回聞いてみようよ」というレベルだったのかも知れないと思っていました。
一中 はい。
星野 でも、本当にもうタイムリーで、今日、対談をさせていただく、まさに、今朝、社友会の上期の報告があったのですが、最後に相談がありますということで、前回の結果のレポートを出してくれたのですが、参加者のほぼ100%に近い人が、良かった、学びがあった、嬉しかった、心が豊かになったとの結果でした。具体的にどこが良かったのかまでレポートされていました。高評価だったのは先生のお話がほとんどでした。
星野 例えば、何が一番印象に残ったかという質問に関しては、「自分の機嫌を取ることを優先する」というのがありました。これは先生が仰っていましたよね。
一中 確かにいつもそう思ってます。
星野 それから、「自分が幸せでないと、人に幸せを与えられない。」 「人の幸せや成功、素直に喜べる寛容さ、そんな自分がいいね。」というお話。「昨日ならできたのに、明日ならできるかも、とごまかさない。」「何が起こってもラッキーという気持ちという心がまえ」「笑うことの偉大さ」。これ全部先生がお話しになったことです。
一中 でも本当によくそれを覚えててくださって。
星野 素直に彼らの心に響いたんだと思います。学校の授業のようにテイクノートしている社員はおらず、皆熱心に耳を傾けていました。
一中 そうですね。そんな勉強形式よりも、皆さんでいい時間を楽しく過ごそうっていうことが一番大切だと思います。
星野 参加者全員の心に残っていて、しかも全員が自分のためになったという風に言ってくれて、またもう1回やりたい、やらせてほしい、といった相談が今日あったんです。私は、自分がきっかけを作ったから嬉しいのではなくて、私がやったのは、せいぜい、実体験を一つの例として話しただけ。それが非常にいい方向に動いてくれた、これはもう先生のおかげですし、本当に感謝しております。
一中 ありがとうございます。元々ドトールさんの企業風土が素晴らしいので、僕が言ってることも心に響いてくださったのだと思います。僕はいつも、こいつ変なこと言ってるなって思う方だっていらっしゃると思うんです。もしかしたらそっちの方が多いかなぐらいの気持ちで、おめず臆せず言ってるんです。自分がこの一中節を長年やってきて、自然に感じられるようになった、嘘偽りのないことですから。何言ってんのこいつって言われて当然ぐらいのこともあると自覚しています。それを、もう1回聞きたいって言ってくださる、ドトールコーヒーさんの企業風土に感動しています。
一中 っていうのは、昔、僕が大尊敬してた小説家の先生の本を読んで、ものすごく心に響いた作品がありました。それで、直接お目にかかった時に、本当に素晴らしいです、このご本で、僕はほんと救われましたと、心から御礼を申し上げました。そしたら、いやいや、お恥ずかしいですっておっしゃるんです。これを読んで、素晴らしいと思うあなたの感性が素晴らしい。他にこれ素晴らしいと思わない人もたくさんいると思うからって言われました。それを僕は、いつも、心に留めておりましてね。星野さんが、本当に社員の自主性、自発性を大事にされてると思いました。ですからとても慎重でしたよね。ご自分がお稽古で感じていらっしゃることを、社員の皆さんにも、何らかの形で伝えたいんだけどっていうことをおっしゃられてから、随分日が経ちました。なかなか難しいのかなとか、忘れちゃったのかなって、思っていました。だけど、社員の皆さんの自主性を大切になさっていらっしゃるからこそ、このような素晴らしい評価をいただけたのだと思います。
星野 そうですね。社長という役割の一つとして明確な方針を打ち出すということがありますが、その方針に向かって、間違った方向に行かないようにマネジメントする役割の人がいて、そして全社員が一丸となって業務に当たる、その結果良い会社になると信じています。感性が大事だというお話、先生がしてくださいましたけれど、その点では当社の社員は、素直で努力家が多いかもしれません。
一中 それは面接で素直な人を選ぶとかっていう。
星野 面接の人物評価には入っていると思います。それと自浄能力が高い会社だなと私は思っています。
一中 あーいい、素晴らしい!!ずっと自浄能力で、自らを清めていく。


芸と経営
一中 素晴らしいですね。最初に僕が申し上げたのは、一中節の稽古の中から、経営に対して大変ヒントになる、参考になることがあるっておっしゃっていただいたんで、そのことをお話しいただきたいと申し上げました。僕は逆に、経営のお話から芸に参考になることがとてもあるんです。だからお話しちゃうんですけど、先ほどおっしゃってた、業績が悪かったら、それは社長の責任で、業績が伸びたら社員の手柄だ。それと全く同じことを僕は先代に言われました。あなたのお弟子さんが上手になれなかったら、それは全部あなたの責任なんだ。あなたの教え方が悪いから上手にならない。それで、お弟子さんが上手になったら、そのお弟子さんの手柄なんだ、あなたの手柄ではないんだよっていうことを言われました。まさに、その経営においておっしゃってることと同じですね。
一中 能から経営を学ぶっていう講座があるっていうのを知った方が、能から経営が学べるんだったら、能楽師の人はもうちょっとお金持ちになったっていいんじゃないの。っていうことを僕に言ったんです。僕は、いや、それは違います。経営について、ものすごく日々考え続けてる方が、能楽師の話を聞いて、初めて経営のヒントは得られる。僕だって、一中節から経営のヒントなんか学べたら、大富豪になっていますよ。そうじゃなくて、僕は経営者の方から、経営のヒントは学べません。日々経営のことばかり考えているわけではないので。だけど、芸の本質については、いつも考えているので、経営者の方のいろんなお話から、芸については学べるんです。じゃあ、経営者から芸を学ぶっていう講座をやった時に、なんであの人、別にそれだったらもっと芸の上手な人から学ばなきゃいけないんじゃないの。っていうことになりますよね。お互いに、そういうことなんじゃないかなと。
星野 いや、私は、学ぶことの方がもうとっても多すぎて、本当に感謝しかありません。
一中 いやいや、だから、別に僕の芸を向上させようと思って、経営の話をしてくださってるわけじゃない。 僕が勝手に学んでいるのです。そういう風に、お互いに学び合える関係っていうのが、やっぱり長続きできて、喜び合える関係かなと思いますね。


教育について
星野 私見ですけれども、相手の財布の中身で付き合い方を変えてはいけないと思うんです。財力や権力、肩書きで動いてしまうと結局寂しいことになってしまう。
一中 まあ、それは確かです。それで、この人とお付き合いしようかとかね、やめようかとかって思うかもしれないけど、それはやっぱり寂しいですね。やっぱりお人柄っていうか、お互いに学び合えるっていう関係が楽しさに繋がります。常に楽しいっていうことが上機嫌であることに通じます。楽しいってことをすべてに優先させます。進むべき道を選ぶ時、楽しいか楽しくないかで選びます。正しいか正しくないかでは選びません。楽しくないことはね、やっちゃいけないと思うんですよ。
一中 楽しくないことも我慢してやんなきゃいけないという教育は、だから、お父様のね、勉強したくないんだったら、しなくていいよっていう教育は、素晴らしいです。星野さんの素晴らしいお人柄が、それをまさに証明されてます。勉強したい人はすればいいんです。学びたいものができれば、自然に勉強しちゃいますよね。でも、自分に向いてないことはしてもしょうがない。向いてないこと一生懸命やっても、楽しければいいんですよ。いくらやっても、ちっとも覚えらんなくても、これやってんのが楽しいんだっていうのは全然構わないです。
星野 確かにそうですね。大学在学中に授業に出るわけですけど。
一中 あ、でも、大学は、いらしたんです。
星野 人より一年多く通わせてせていただきました(笑)
一中 勉強好きだ。
星野 社会に出て、自分が組織や会社をマネジメントする立場になった時に、己の知識が少なすぎるなと痛感しました。
一中 ああ、自分の中で、はい。
星野 勢いや乗りだけで出来ることではありませんし、やはり最低限の知識は必要だと思い、仕事が終わった後に経営やマーケティングのセミナーへ通ったりしたのですが、その中で、これは大学の授業で聞いたことあるぞというのがあったりするわけです。
一中 実際に、お勤めだしてから?仕事を始めてから?仕事してる上で?
星野 仕事をし始めてから、知識なさすぎるぞと自分でまずいぞと。そう思って勉強しに行って、そこで、セミナーの中で、大学の授業で聞いたことがあるようなくだりがあり、あの時に何故もっと真剣に学ばなかったのかという後悔しきりでした。
一中 だから、実践に結びつくから、やっぱり学ぶ意欲も出るんじゃないですかね。やっぱり 必要は発明の母ですね。江戸東京博物館って、寺子屋のことを色々やってた展示があって、その時に、魚屋の子どもは魚の字だけ覚えさせたと知りました。実用的なんですね。それから、人の上に人を作らずとかなってから、色々、その魚屋の子どもがね、官僚になったり、総理大臣になったり、わかりませんけど、なり得ることになったんだけど、昔は、魚屋の子、魚屋にしかならないし、八百屋の子は八百屋にしか。そうすると、それは必要だから覚えるわけですよ。もう即、うち帰って書かなきゃいけない、つけなきゃいけないわけだから。
一中 だから、そういう実践の教育っていうのが非常に大事ですね。若い時から、いち早く、自分が好きなことに特化した方が、いわゆる、スポーツとか、将棋とか、ああいうのもそうだけど、芸もそうですけど、見事に芽生えますよね。だから、こういうのがすごく好きだっていうんだったら、小学校の頃からビジネスが好きだとか、サービスが好きだとか、コーヒーが好きだとか、そういう子は、もう小学校の頃から、もう会社に入っちゃって、丁稚奉公じゃないけど、そこで実践で学んで行ったら、すごいことになりますよ。その方がいい教育なんじゃないかなあ。自動車作るのが好きだとかね、もう、小学校の頃から自動車会社に入って、修業するんです。
星野 新しいエンジンを開発したり。
一中 その過程で必ず、一般教養、リベラルアーツというものの重要性に目覚めます。例えばコーヒーだけ入れたい、いいコーヒーを美味しく作りたいっていうだけに特化してるんだけど、その美味しいコーヒーを、本当に美味しいコーヒーを作るためには、ある意味、哲学や歴史も化学も物理学も全部勉強しなきゃいけないわけじゃないですか。それから、結局、もしかしたら音楽も、美術も勉強した方がコーヒーの味がわかるかもしれないっていうことになると思います。
星野 確かにそうですね。
一中 一中節の将来について星野さんもいろいろお考えいただいて、僕も、今、教育の話からちょうど思いついたんですけど、世界的に活躍できる、例えば大谷翔平さんとか、サッカーの誰々とか、僕はスポーツの人、あんまり名前知らないけど、演奏家でもいますよね。いわゆる、バレエの方でもなんでも、本当に小さい時から、物心ついた頃にもうバレエをやってたとか、野球でもね、お父さんが野球好きだったとか、大学出て初めてバットを握ったって人ってなかなか、世界的なプレーヤーになる人は、いるかもしれないけど、ちょっと難しいんじゃないかなと。だから、そういう意味で、日本の音楽に対して、すごく才能があって、人柄も良くて、そういう子どもたちが、自然に、どうしても、西洋音楽のほうに行っちゃうんですね。それが僕はとても今残念なんです。
一中 もしかしたら、そういう子がどんどん三味線弾きになったら、僕の出る幕なんかないのかもしれませんけど。でも今更無理なのかもしれないですね。それはどうしてかって言うと、やっぱりバレエやってるって方がバイオリンやってるって方が、三味線やってるっていうよりも、なんかちょっと見栄えがいいとか、世間的にいいとか、なんか上等な感じがするとか、そういう風潮が一般に広く醸成されていますから。それはもう僕も否めません。だけど、その風潮をどうやったら変えたらいいのかな。イメージを。
星野 先ほどのお話しした、社友会からの報告の際に、是非第2回目を開催したいとの相談があったわけですが、その時に、浄瑠璃と三味線に触れてみたいという要望がありました。
一中 はい。
星野 でも三味線という楽器は、身近にある楽器ではありませんね。
一中 はい。
星野 どう弾いていいかもわからない。ギターだったら場合によっては、隣のお兄さんが持っていたりとか、家に1台あったりするのかもしれませんし、テレビを見ていてもよく目にする。三味線はそれとは全くかけ離れているところにあって、生の三味線の音すら耳にする機会は少ない。
一中 はい。
星野 三味線は身近ではない楽器かもしれませんけども、そんな高嶺の花なのかっていうと、そういうわけでもない気がします。入門者用の三味線というものがあるかどうかわかりませんが。
一中 比較的、安く手に入れられますよ。
星野 となれば、触れるチャンスをいかに広げてあげるかによって、趣味としておやりになる方が増えていくのではないでしょうか。
一中 あ、そうですね、きっかけがね。
一中 だから、やっぱり、もう本当に、星野さんがご自分でお稽古されてみて、それも、いろんな偶然のきっかけから、うっかりはまっちゃったみたいな。そこから、これ面白いからっていうので、こういう社友会でやってみようっていう機会を作ってくださって。やっぱりそういう、なさってる方が、これはいいよって、勧めてくださることが第一ですね。昔から一中節は、特に経営者の方がすごくやってらしたんですよね。だけど、星野さんみたいに、会社の社員に触れてもらう機会を作ろうと思われた方ってね、他にないんですよ。だから、すごく画期的な社長なんですよ。というのは、一中節がお稽古できるのは社長の特権。社長だからできるんだよと。
一中 お前ら平社員はこんなことできないよっていう風潮がありました。それはね、ある意味、ありがたいような、ありがたくないような。それで敷居が高いっていうイメージになっているんです。社員は、社長がなさってるもんだから、しょうがないから、つまんないけど聞く。みたいな風潮がどうもできてて、それがとても弊害になっていました。
一中 星野さんはそれを一挙に、打ち崩してくださったんです。そういう、社長だけの特権じゃなくて、みんなと共有するということをやってくださったっていうのは、こういうものを趣味としてなさる経営者としては、画期的なことです。
星野 一中節は格式が高い音楽と伺っていますが、格式が高いということと敷居が高いということがイコールではない。簡単ではありませんが、一中節の格式は高いよ、でも、敷居は高くないんだよ、という風にすることって、簡単ではないのでしょうが、一つのポイントだと思います。
一中 はい。


やってみるから感じること

星野 先日の柿傳さんでのシンポジオンで先生が仰っていた「私の稽古は入りやすくて辞めやすい。」
一中 はい。
星野 お稽古を受けてみようか悩んでいる方には入門し易くて、お稽古を受けてはみたけれどあまり楽しくはないなと思ったら、躊躇いなくやめることができる。私も実際に、個人稽古をつけていただこうか躊躇いました。「先生、普段はお優しいのですが、稽古となると怖い方になりませんか?」とかいうのが最初の質問(笑)。将来、一中節で食べていこうとは恐れ多くも思っていないわけですから。
一中 いやいやぜひぜひ。
星野 人によってそれぞれ違うとは思いますけれども、私は上手になりたいっていう気持ちはもちろんあります。ただ、なにをもって上手かということは当然わからない。一中節を稽古しているとき、浄瑠璃を語っているときが楽しく気持ちがいいといことが私にとっては大事なんです。
星野 当然ですが私は一中節の伝道師ではありませんし、もちろんなれるとも思っていません。ただ先ほどお話ししたように、自分自身が一中節に触れることによって心が豊かになることを実感しています。自分の体験談として周りの人に伝え、更には体験してもらえたら嬉しいなと思います。
一中 ありがとうございます。
星野 無になると言うと言い過ぎかもしれませんけれど、それに近い感覚ですね。
一中 そうすると、自然に日々の考え方が豊かになって行きます。
星野 例えば、一中節でお稽古をつけてもらって名取りになったら年収1億円以上になります、となれば、それを目当てにやる人はいると思います。でも、それを目当てにやったところで、その人は多分楽しくもなく、幸福感も得られないだろうと思います。
一中 そうですね。そういうもんじゃないところが、本当の豊かさだと思うんですよ。
一中 でも豊かさっていうのも全く主観的な問題で、1万円しかなくても豊かな人は豊かだし、千円しかなくてもとか、1億円あったって、100億円あったって豊かじゃない人は、豊かじゃないわけですからね。わかりません、100億円持ったことないんで。

SDGsも手段になってしまっては…
一中 心の豊かさが原点になって、いい社会を作っていくんじゃないかって思います。それに一中節っていうものが貢献できると思います。
一中 僕はSDGsの理念ていうのを初めて知った時に感動しました。一中節の初代は、一中節を稽古することによって、あまねく一切の人が幸せになってもらいたいっていう理念を350年前に確立しました。それをそのまま国連がSDGsとして提唱している。ついに国連もここまできたかと。それで、本屋さん行って、SDGsっていう本を色々見たり買ったりしてみたら、なんか、SDGsをやってるっていうことが株価に影響するとか書いてあるではないですか。何これって、なんてせこいんだろう。SDGsをうちはやってますよっていうことを見せるにはどうしたらいいかとか、んー、なんなんだこれ、と、すごくがっかりしました。それはもう本末転倒っていうか。
星野 本末転倒ですよね。SDGsの17の目標、それぞれ大事な項目ではあります。
一中 ええ、もちろんね、1つずつは立派なこと。SDGsの第4番目かな、教育っていうのがありますね。でも、1番教育をしなおさなきゃいけない人たちが何は、戦争をしてる国の指導者の人たちですね。そういうことしない方がいいっていう教育をやるのがSDGsの理念じゃないか。
一中 なんとなく全人類が幸せになるには何をすべきかを感じとって、なんとなくそういうふうな世界にして行ってしまうのが、一中節みたいな音楽の役目だと思うんですよ。
一中 でも、やっぱり社長としては利益を出さないと。
星野 もちろんそうですね。
一中 社員の皆さんが心が豊かで楽しいことが、今おっしゃったお話を聞くと、利益が上がるっていうことに結びつくわけですね。それを、本当にそういうことを実践してらっしゃるってことは大変貴重なことです。社員の皆さんの心が幸せになることでっていうことで、業績も上がって、ちゃんと経営も素晴らしいことになって行くということを証明してくださってる会社も、ドトールさんはじめたくさんあるわけだから、それは救いですね、とても。
星野 世の中にはたくさんの優秀な経営者がいらっしゃいます。ただ、中にはそんなのは綺麗事だろうと仰る方もいらっしゃいます。
一中 やっぱりいらっしゃいますね、そういう方にお会いしますよ、僕も。
星野 確かにこの競争社会で、厳しい世の中でそんな甘っちょろい事を言ってたんでは会社の経営なんてできないだろうと仰る方もいるのですが、私は社員や環境を犠牲にしなければ成り立たない会社だったら世の中に必要ないと思います。
一中 素晴らしい。
星野 社員がもう辛くてしょうがないという会社なんて、そんな会社あっても意味ないし。
一中 意味ない、ほんと意味ない。会社っていうものは、そういうものじゃないです。でも、今の、それは綺麗事で、理想論だよっていう方は、それが実際の生活に反映しますから、そういう方は、綺麗事ではできないんですよ。それで、結構苦労して、つまんないことで苦労するんですよ。日々幸せに自分も社員もなれるかどうか。それはもう、思い方ひとつだと思う。
一中 そうはいかないんだよっていう人は、ずっとそうはいかない。それだけのことなんですよ。
星野 それだけのことなんですよね。
一中 言霊じゃないけど、そういう風に思えちゃう。だから、いやいや、世の中はそんなことぐらいで、うまく行かないんだよって言ったら、行かないんだし、そう思えばそうなるんだっていうことを皆さんが思えば、自然にいい世の中になって。

目には見えない”芸術の力”
星野 みんなあの「猩々」に出てくる高風になればいいんですよね。
一中 そうです、その通り。夢を素直に信じて、そうなるんだと思ったからそうなったんで、夢見たぐらいでね、富貴の身となれる、素晴らしい身の上になれるなんて、そんな人生甘いもんじゃないよって。そんなんじゃ苦労ねえじゃないかって人は、苦労するんですね。それもう絶対の真実ですね。
星野 あのくだりの中で大事だなと思うのは、素直に信じるということ。でも、夢に出たことを信じるだけではなく、信じて行動を起す。毎朝きちっと市へ行って酒を売る。
一中 日々喜んで働く。
星野 喜んで働く。しかし、突然富貴の身になったのではなく、こつこつと毎日真面目に酒を売る。そして気がついたら心も経済的にも豊かになりましたということで、これはすごく大事なことなんだろうなと思います。
一中 そうですよね。
星野 簡単そうで、なかなかできない。
一中 そうですね。それはなかなか、ほんとに簡単そうでできない。でも本当は簡単なんですよ。
星野 そうかもしれません。さっき先生が仰った、当たり前のことを、やるべき事をしっかりとやる。
一中 自分もなかなかできません。やろうとしてますけど、でもやろうとして、そうなんだって信じてればそうなるっていうのは、とてもそれだけのことで、世の中、単純なことなんじゃないかなと思いますね。
星野 だから、先生が仰るように、一中節が世界を幸せにするんだというのは、大風呂敷を広げているとは思わないです。
一中 そうですか。ありがとうございます。
星野 それを実現させることは、そう簡単ではないないのでしょうけれども、実際に誰か1人がそういう気持ちになりました、もう1人そうなりました、またもう1人そうなりました。で、それこそ、毎日1人でもそうなれば、1年間で365人。だいぶ先が遠いのかもしれませんが。
一中 でも、その人がまた次、周りにそうしていけば、そういう意味で、
星野 考え方、価値観というのは、広がりますよね。
一中 でも、それは、なんとなくなんですよね。声高に叫んだりするのは逆効果です。一中節はそういうことできないんです。なんとなく、皆さんが、なんだか気がついたらそういう気分になってたら、なんだか知らないけど、自然に世界が平和になって、みんなが幸せになっていた。これが自然な世の中の進み方だと思います。
星野 ずいぶん前に受講したセミナーで講師が言っていたのですが、「儲けという漢字を分解すると信じる者になる」と。
一中 なるほど。
星野 「儲けというのは、信者をいかに増やすことなんだ」って始まったんです。我々はお客様在っての商売ですから、ドトールが大好き、ドトールのファンなんですという信者を増やす、確かにそうだなと思ったのですが、話が進むにつれ、人の心をいかに翻弄するかという方に話が行ってしまったので、そそくさとその場を退散した事があるんです。
一中 うん、うん。
星野 でも、それを素直に受け止めれば、正しく信者を増やすことは間違ってはいない。
一中 そういう意味で、信じるってことは大切ですね。僕もなんか、若い時はこんな風に思ってたんです。いわゆる学生運動は、僕のちょっと前の上の世代がすごくやっていました。それを横目に見ながら、自分はあんなことできないんだけど、でも、何か社会を変革しなきゃいけない。国を良くしなければならない。平和にするためには何か行動しなければいけないのかなと思っていました。よく、数寄屋橋のとこに立看板が出てて、演説してた人がいました。こういう社会に対して、こういう活動をしようって。それを見た時に、僕がそれをやったってしょうがない、僕は芸を通して、社会を変革し、国を良くし、世界を平和にしようと思いました。20歳ぐらいの時に思ったんですよ。でもそれは心の中で思っただけでした。
一中 だんだん、年取るに従って、図々しくもなったんで、臆面もなく言うようになりました。こんなこと言ったら人に変な人だと思われるんじゃないかななんて思いながら。でも、自分でもどうしても、一中節を通して世界を平和にすることしか考えられなくなってきました。一中節をやってるだけで、皆さんにお稽古させていただいたり、そういうお話させていただいて、それが皆さんの心に響けば、その方が平和運動より手っ取り早いんじゃないかなと思います。
星野 そうですね。世の中の全ての問題が即座に解決するということにはならないのでしょうけれども、その人の心持ち次第で周囲の人々に良い影響を与えることができる。一中節の価値というのは、先生が思っていらっしゃる以上にあるんだと思います。
一中 全ての元になるのが心だと思うので。
星野 そうですよね、心が人を動かしますから。
一中 とにかく、戦わないとか、殺さないとみんなが思えば、当たり前ですが自然に戦争は無くなります。だんだん人間はいい方に向かってるなと思うんです。歴史的に考えてみると。今も戦争をしてるとこもありますけど。良心的な戦争っていうのは、おかしいんですけど。日本が戦ってた頃には、1晩で10万人が亡くなった東京大空襲とかがありましたね。今は、もっと大規模に、恐ろしいことが行われてるのかもしれないけど、表面的に見る戦争は、亡くなった方にとっては、それは1人1人の命ですから。そんなこと、とんでもない。10万人だろうが、1人であろうが、僕1人なら1人でも、それが、例えば、10数人とかね、今回のミサイル攻撃で3人亡くなって7人怪我をしたとか、それでもニュースになるわけじゃないですか。と。まあ、そんなふうに数で比べるもんじゃない。ひとりにとっては命は大事ですけど、でも、それを考えると、だんだん人類はいい方へ向かっていってるはずなんです。さっきおっしゃった会社の中の自浄作用、それが人類には当然あると思いますよ。それを信じたいと思いますね。だから自然に淘汰されていく。
一中 だから、もし自分というものがいない方がいい世の中になるんだったら、きっと自然に淘汰されちゃうだろうと思います。その覚悟で生きています。
星野 そうですね、確かにそうですね。
一中 いや、本当に、今日、色々いいお話をたくさんありがとうございます。もっと徹夜でお話したいんですけども。
星野 話が散らかってしまい申し訳ありません。楽しくお話をさせて頂きました。これからもご指導お願い致します。ありがとうございました。


星野正則(ほしのまさのり)

株式会社ドトールコーヒー代表取締役社長

1983年 ドトールコーヒー入社
2000年 ドトールコーヒー取締役
2005年 ドトールコーヒー副社長
2008年 ドトール・日レスホールディングス社長
2011年 ドトールコーヒー会長
2017年 ドトールコーヒー社長

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